2010年07月11日

これから恐怖

『恐怖』公開初日の初回に観てきました。
夏の怪談系映画だからまだ高校生くらいの若い女の子なんかも居たりして、梅田ロフトの地下のひんやりとした空間からは、上映が始まる前からすでに恐怖モードに入っている声が聞こえて来たりして、そうした雰囲気の中で映画を観れるのはやはりいい。


まったく個人的な話になってしまうが、僕が初めて高橋さんの作品に触れたのは『リング2』で、そのとき僕は中学生、映画もごくたまに、月に一本映画館に観に行っていたくらいで、特別映画が好きだったというわけでもなく、観ている映画もほとんどがメジャーな作品で、そんなわけだから高橋さんの存在を知るはずもなく、そのときはただただ映画が怖かったのは覚えているけど、友だちと集まって観に行ってたから強がって斜にかまえたりしていたかもしれない。
でもその時の場内の雰囲気は鮮明に覚えていて、怖いシーンが盛り上がってくると場内から「きゃーっ!!」と悲鳴があがったり、終映後も方々から自分が今観たものをなんだったんだと囁き合う声が聞こえて来て、中には泣いている人まで出てきた。しかし、当時はこれを特別な現象だなどと思うこともなく、『リング2』のことも特別強く覚えていたわけではない。

映画のことを勉強出来る専門学校に入って、劇場分子の金子先生などの映画に狂ってる様子に感化されて、こういう狂った人たちの面白い話をもっといろいろ聞きたいと思って、その言葉を聞ける様になるには映画を観るしかないと気づき少しずつ映画を観るようになって(といっても週に1本か2本くらい・・・)世の中に沢山存在する映画のほとんどわけわからんぞと、そんなことに気づき始めたころに、今はネミ屋をやっている若月さんがその時は僕の先生で、「さっき本屋に行ったらこんな本が出ていました。」と取り上げたのが高橋さんの『映画の魔』で、そのとき若月さんがどんな紹介の仕方をしたのかはまったく思い出せないけど、こんな狂った人が薦める本なんだからと買ってみたことによって、高橋さんの世界と遭遇することになりました。

とはいえ帯に「それを見てはならない」と書かれたこの本、書いてあることのほとんどわけがわからない。作家名、作品名はもちろんのこと、さらには高橋さんが確信的に語るラングやマブゼの「犯罪による支配」なんてわからないどころの問題ではなくて、それでも文章がとても面白く、書かれていることはわからないけれども全てが何かの確信に満ちていて、「あぁ、俺もなんかわかってきたかも!」みたいなほとんど洗脳に近い感覚を味わいながら読み進めて、でもまぁ結局この本は学生時代に何度も読み返してみましたがまったくわかることなんてなく、今でもほとんど何が書いてあるのかわかりませんが(だからこその名著です)、その中で強烈に自分の中に刻み込まれた高橋さんの言葉が「表現すべき自己など無い」というもので、僕が通っていた学校はカンヌナオミを輩出したところだったので、むしろ高橋さんの言葉とは真逆のこと、自分探しみたいなものを教えていたところでもあったのだけど、高橋さんの「表現すべき自己など無い」ということを書いている文章の方が、すぐ近くで自分探しを教えてくれる(この言葉おかしいぞ!)教師の言葉よりも遥かに具体性があって説得力もあったので、そういう方向に映画を勉強するようになったということがありました。
それからもう一つ、「表現すべき自己など無い」ということにも繋がってくると思うけど、これは高橋さん一人が言っていたわけではなかったかもしれないけれど、映画やカメラの原理についての言葉が面白くて、よく言われるような話であれば「どんな映像も、スクリーンに映したときには過去である」ということなんて言われるまで考えもしなかったし、それはどうにも逃れ用のない事実で(でも『彼方からの手紙』でテレビに映された映像はちょっとだけ未来を映していた!)、「映像の中の人は、実在する人間なのか幽霊なのかわからない」みたいなことを書いていて、確かに僕は人間も幽霊も見分けがつかないととても困ったことを覚えています。


今日から上映の始まった『恐怖』はそうした様々な思考が詰め込まれたものです。
その思考はJホラーに留まらず、日本の映画を大きく前進させたものでもある。
それはもちろん自己表現などであるはずもなく、映画とはなんだろうかという問い、カメラが何かを映すとはどういうことで、それを映写機が投影するとは何なのかという問いの果てに産まれたフィクションが、冒頭のタイトルまでの一連の美しいシークエンスに描かれる。
「それを見てはならない」と帯に書いたのは高橋さんではないかもしれないが、観客は「それ」を見たいがために座席に着き、多くの場合それを見ることは叶わず、しかしそれでもいつかそれが見れるはずだと思い続けて、いつしかそれを見たと思う人もいるかもしれないし、いつの間にかそれを見ていたということに後になって気づく人もいるかもしれない。

映画の中で片平なぎさ演じる医者は科学的にそれを見ようとする。
脳は科学的に未知の領域が多く、そのため最近は神秘性を伴ってメディアなどで扱われる存在でもあるが、そんな神秘性(自然と言ってもいい)を備えかねない存在を抽象性を排した科学の側面から「それ」に近づこうとする片平なぎさと、映画というそれこそ芸術の神秘性(それは自然さ、つまり作家の内側から産まれる純粋な創作とも言える)などありもしない、科学的とさえ言えるような実験性を持った、抽象など許さない確信でもって描かれる芸術(そもそも芸術とは歴史を積み重ねた上での現在の更新だ)の力でもって「それ」に近づこうとする高橋洋の格闘であり、そしてまた観客にとっても同じく「それ」を観るためのこれまでの積み重ねと目の前で更新され続ける映画との真剣勝負だ。
この映画は少なからぬ難解さを備えてはいるわけだが、それは一本の映画のなかに様々な歴史と文脈が組み込まれ、交錯しているから。


来週の7/17(土)に僕たちが企画している映画談義でどのような話をするかについては高橋さんと一緒に考えていて、おそらくこうした歴史についての話も出てくるだろうと思う。
映画、そして恐怖表現というものは様々な歴史を通過して来て、それがあったからJホラーが産まれた。そしてその中で様々な試行錯誤が産まれては消え、現在ではJホラーと呼ばれるものは消滅しかけている。この『恐怖』ではそのJホラーに一旦の区切りをつけるのだという思いもあるのだと語られている。
では、これから日本の恐怖表現はどうなるのだろう。その第一歩目を目の当りに出来るのが今回の企画なのだ、というのは言い過ぎだろうか。
しかしまずは上映の始まった『恐怖』を見ていただきたい。
優れた映画は常に様々な歴史を限りなく交錯させた上での可能な限りの先端に位置するが、『恐怖』もまたそうした映画である。
確かにこれまでのJホラーへの一つの決着かもしれないが、それは同時にこれからの恐怖表現に向けての始まりでもある。


長崎

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2010年06月25日

7月10日より公開 『恐怖』

いよいよ本命の登場です。大トリです。

日本中を恐怖のどん底に陥れたホラー・マエストロ
脚本家・高橋洋の満を持しての最新監督作、その名もずばり『恐怖』

これを見ずしてJホラーシアター・シリーズは終われません。

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(C)2009「恐怖」製作委員会

大阪はテアトル梅田にて公開です。

公式HP→http://www.kyofu-movie.jp/


そして、17日(土)は、『恐怖』公開を記念して
大阪に高橋洋監督をお招きし、われわれDOOM!主催のトークイベントを開催します。
暑い真夏の涼みにたっぷりと"恐怖"を語っていただきます。
この機会にぜひ、マスター・オブ・ホラーによる「こわい話」を堪能されてみてはいかがでしょう。

<高橋洋かく語りき 真夏の恐怖・映画談義>
イベント詳細 http://doom-insight.net/works/katariki.html






posted by DOOM! at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ueda | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

瀬田なつき特集パンフレット、販売します!!

今年も爆音映画祭が5/28から吉祥寺バウスシアターで行われます!
もちろん私たちも遊びに行きます!
今年も空族の作品が上映されますし、さらに嬉しいことに私たちが3月に特集上映した瀬田なつき監督の『彼方からの手紙』も上映されます。
その特集のために作ったパンフレットを、バウスシアターでも販売させてもらうことになりました!

pamph.jpg

私たちが三月に大阪で行った特集のプログラムは『とどまるか なくなるか』『港の話』『むすめごころ』『彼方からの手紙』『あとのまつり』の五本です。
この上映はこれまでの瀬田監督の制作を改めて見直し、発見するとともに、これから作られる未だ見ぬ作品と対峙する場となったのではと思っています。
詳細はこちら

その時作ったパンフレットは全て完売。
このパンフについては多くの方からとても良い評判をいただきました。
そういうこともあって、4名の批評家の方と瀬田監督からの作品紹介という内容のこの本を、もっと多くの方に読んで頂きたいと思っていたところ、爆音映画祭で『彼方からの手紙』が上映されることが決まったので、思い切って増刷することにしました。

ということで、皆さんにぜひ手に取って頂きたいので、パンフレットの内容を少し紹介出来ればと思います。


まず、安川さん。映画芸術などで批評もお書きになっている詩人です。
鋭利な言葉の連続が強烈な詩集『MELOPHOBIA』を刊行されています。この批評も同じく、観客に刃物を向けるかのような鋭さがありますが、これは読み手によっては握手を求める手でもあります。

樋口さんは言うまでもないと思いますが、爆音映画祭のディレクター、boidの社長です。
『彼方からの手紙』を軸にした批評のタイトルは『鼻血とオセロ』!『彼方からの手紙』は冒頭からエンドクレジットまで鼻血とオセロまみれだったのだ!!

海老根さんはカイエジャポンの編集委員を経て、今現在は批評家としてnobodyに多く寄稿されており、本書では「<新しい映画>の早さについて 『あとのまつり』小論」と題した評論を寄せて頂きました。感覚的に見れてしまう『あとのまつり』についての知性溢れるテキストです。

そして最後に金子さん。これまで何度も当欄に書いて来ましたが、劇場分子という、関西で「映画」について思考し続けるフリーペーパーを主宰されています。氏の「映画は映画館で観る。そして同時に思考する」という姿勢、映画と向き合う誠実さは、常に私たちの指標となっています。
「3095年への墓石」と題した批評を書いて頂きました。本書のラストに相応しく、しかしこれはこちらの予期せぬ偶然だったのですが、安川さん、樋口さん、海老根さんの批評とも繋がってくる内容になっています。

それから作品紹介として、各作品に瀬田監督から短いコメントの様なものを書いて頂きました。
これについては、読んでみてのお楽しみということで。


といったところでパンフレットの紹介は終わり。
とりあえず、私たちの上映会に行くことが出来なかったけど、瀬田監督の作品が大好きでパンフが気になっているという方、気になるから欲しい!という方、買って損はさせません!とにかく何も考えずに爆音映画祭に行って下さい!行けば買えます!
当方、爆音映画祭以降これをどう販売するかについて何も考えておりません!完全な見切り発車ですが、在庫をどうするかは後になってから考えればいいのだ!

一つ一つ手作りしています。
嫁に嫁がせるような思いで佐川急便に持って行きました。今頃飛脚といい感じかもしれません。
手元にあるときには少しお腹が大きくなっているかもしれませんが、どうか、うちのパンフをよろしくお願いします。


ながさき


posted by DOOM! at 02:15| Comment(16) | TrackBack(0) | nagasaki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

R.I.P. GURU

あのGangstarrのMC、GURUが癌のため急逝した。19日に相方のDJプレミアが自身のHPで発表した。
グールーといえば、90年代のヒップホップ黄金期よりDJプレミアとのユニット、ギャングスターのMCとして活躍。
またGURU's Jazzmatazz名義でも数々のジャズミュージシャンとのコラボレーションでヒップホップとジャズを横断させるという当時、画期的なコンセプトで一時代を切り開き今にいたるヒップホップの可能性を広げた功績は大きい。
ジャンルを越えた多くのプロジェクトを抱えていただけに、この大きな才能の死はとても残念だ。

ご冥福をお祈りする。


Gangstarr-Jazz Thing


Gangstarr-Royalty


GURU's JAZZMATAZZ-Le Bien, Le Mal


ONE,


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2010年04月17日

もっぱら

ども。
今から爆音映画祭が待ち遠しいですね!
今年は空族祭になりますよ!
さらに瀬田さんの『彼方からの手紙』も一回だけ上映されますし、我がことの様にうれしいです。

ここのブログスペースの活用方法がツイッターの存在によって消えつつあります。
ネットがつながってから、本サイトの方に毎日日記をつけてますし、ブログとしての使い方も本サイトに移行しているので、こちらの更新は今後どんどん減って行くかもしれません。
ツイッターも、最初は面白さがまったくわかりませんでしたが、今もおもしろさについてはあまりわかりませんけど(あの感じは楽しいとは思いますよ)、一つのツールとしてブログとは遥かにかけ離れた存在だと感じます。それはネットをやるかやらないかというような、それを活用するかしないかというレベルにまで迫ってくるツールだということなんですが、それでもウェブで何かを考えて発するにはやっぱりこうしたスペースが必要になりますね。

ここんとこDOMMUNEでUSTの面白さに触れたり、podcastで音源聴いたり、ツイッターでこれまで知らなかった情報に触れたりと、ウェブによって未知の世界が広がっているのを実感します。
それでも、それらの存在に対して、自分の感動に対しては常に批評的な視点を置いておかないとまずいよなとは思いながらメディアにのっかってみる、という感じではありますが、それにしてもDOMMUNEはやばいです。
話している内容が面白いということももちろん、DOMMUNEというコンセプトが素晴らしい。アンダーグラウンドであったものが共有によって一瞬にしてオーバーになってしまうような、カウンターパンチが一瞬にしてストレートに変わるような、そんな力を感じます。おそろしい・・・。

長崎


posted by DOOM! at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | nagasaki | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする